2017/10/28

セレステさんの授業にて

去る2017年10月26日、アルゼンチンの写真家、セレステ・ウレアガさんが東京工芸大学・写真学科3年生の勝倉崚太さんの授業に招かれ、講演をしました。
前半は、これまで彼女が歩んできた道のりや作品、写真についての持論が熱く語られました。
後半は生徒との対話によって、写真とは何か?を掘り下げていく内容でした。
私はセレステさんの友人として呼んでいただき、とても貴重な話を聴くことができました。
普段は大人しいという生徒さんからも活発な質問が出て、授業が終わってもセレステさんとの対話が続きました。
Celeste、bravo!

セレステさんの話の中で私が印象に残ったこと、共感した事を幾つか記します。

◇坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」を聴き日本に興味を持ち、行ってみたいと思うようになる。
◇写真とは物事を解釈すること、それを観た人がまた解釈する・・・という弁証法の繰り返しである。
◇自分の中で発展させたいと思う被写体や物事、事象が、やがて作品となる。
◇(作品における)アイデアというものは変化していくものである。
◇写真家として一番大事なことは、自分の内面における対象物に対するプロセスで(それを表現する)手段は自ずと生まれてくる。
何が好きで何に興味があるのか、自分自身でそれを理解することが最も大切だ。
◇心が躍る被写体とは、対話が生まれる相手とのセッションで、それは必ずしも人でなくても良い(彼女の場合は人が好きで、人が考えていることに興味があり、人を撮りたいと思っている)

◆11月9日から始まる展示「Doble Mirada」(2つの視点)は、日本とアルゼンチンの本質に辿り着く方法を、セレステさんと角川英治さんのふたりで、写真を通じて考えていくための展覧会である。

*皆さんぜひ11月9日(木)18:30-20:00「Doble Mirada」展
(セルバンテス文化センター2階)オープニングパーティーにおいでください!







セレステさんと、写真家で工芸大の勝倉崚太先生
-2017年10月26(木)東京工芸大学中野校舎にて-
司会:勝倉崚太さん(東京工芸大学)
通訳:柏倉恵美子さん(在日アルゼンチン共和国大使館)
コーディネート:武田純子さん(公益社団法人・日本写真協会)


2017/10/24

秋の展示のご案内(2)

ドキュメンタリーフォトグラフィ展「いまを写す、これからを視る」
ZOKEI PHOTO LAB.VOL.11

石田宗一郎/熊野紗綾/
田山湖雪/門田紘佳/由良環

会期:2017年11月13日(月)ー11月18日(土)10:00-17:00
    シンポジウム11月14日(火)17:00-19:00
                               *11月14(火)のみ14:00-17:00
会場:東京造形大学12号館1F、ZOKEIギャラリー
         (八王子市宇津貫町1556番地/JR横浜線相原駅よりスクールバス5分・徒歩15分)

主催:東京造形大学/東京造形大学写真専攻領域

ドキュメンタリーフォトグラフィをテーマに
東京造形大学で学んだ5人の写真家による展示とシンポジウム。
私は2012年に発表した「TOPOPHILIA」を展示します。
まだご覧になっていない方は、ぜひお出かけください。

また11月14日(火)会場にて5名の写真家によるシンポジウムが予定されています。
17:00-19:00(入場無料:どなたでもご参加ください)




秋の展示のご案内(1)


Doble Mirada vol.2   二つの視点 ~
セレステ・ウレアガ&角川英治写真展
Celeste URREAGA&Eiji Kakugawa


私の友人でアルゼンチンの写真家、セレステ・ウレアガさんの写真展が11/9からセルバンテス文化センター東京で始まります。
「アルゼンチンと日本、2つの眼差し、2つの正反対の世界、遠く離れた現実、2つの違った考え方が交わった時、どうなるのだろう。写真は結論ではなく絶え間ない問いかけであり、だからこそそれは永遠の追求なのです。」(展覧会広報より引用)
アルゼンチンと日本、ふたりの写真家がどのような写真的交錯を見せてくれるのか楽しみです。

会期-2017年11月9日(木)~12月2日(土)
    11月9日(木)18:30-20:00オープニングパーティ
会場-セルバンテス文化センター東京/2階ギャラリー
    東京都千代田区六番町2-9 
主催-セルバンテス文化センター東京
後援-在日アルゼンチン共和国大使館



        

2017/09/07

中米への旅を終えて

キューバから帰国して1週間が経った。
この旅では本当に色々な事を考えさせられたが、これまでの旅と違っていたのは人との時間を多く共有したことだと思う。
そしてそれが、本当に貴重なものとして私の記憶に保存されようとしている。

私はいつも一人で海外に行き、一人で過ごし、一人で帰ってくるという撮影旅行を定番としてきた。
海外に行き、滞在し、目的の撮影をして安全に帰ってくる・・・という事で精いっぱいで、予定外の出来事を楽しむという気持ちの余裕が無かったのだと思う。

しかしこの旅は最初から違っていた。

-メキシコシティ-
私がメキシコシティに滞在することが決まると、日本写真協会の武田純子さんが、メキシコシティの資料を集めファイルにまとめてくれた。また仕事で知り合ったアルゼンチン人の写真家Celeste Urreagaさんがメキシコシティに滞在しているからと言って、紹介までしてくれた。

Celesteさんは実際に会う前から、私とのメールの最後に「100のキスを贈ります」何て書いてきて「さすがアルゼンチン人は世界一情熱的だなぁ」と思っていた。
しかし実際に会ったCelesteさんはもちろん情熱的ではあったのだが、繊細で、どこか孤独の影をいつも引きずっているような女性だった。
そして彼女がアルゼンチン、メキシコ、日本と3ヶ国を拠点に活動する理由が、私には少し理解できたような気がした。
そんなCelesteさんと彼女の友人たちと過ごす時間によって、穏やかで優しく、陽気なメキシコの人の核の部分を垣間見ることができたのだ。

-キューバ-
◆展覧会にて
「ENTRE FRONTERAS」展の会場では、ひとりひとりの方との会話が強く私の心に残った。
「会場の設置に3日掛かったんだよ」と話したスタッフの男性は、どこか誇らしげだった。
*写真組合を作って自分たちの写真の販売をしている若い写真家と話をした。
デジタルとフィルムの話題になり、キューバではフィルムは本当に貴重でなかなか手に入らないとのこと。
仲間が海外に行った時に買って来てもらったりと、皆で融通し合っているそうだ。
どんな時にフィルムで写真を撮るのかと聞いたところ、例えば*フィデル・カストロ氏が2016年11月に死去した際や、ハバナにハリケーンが来て市内が浸水した際など、本当に歴史的な出来事が起きた時にのみ使うそうだ。
社会と写真家の関係性が密接に感じられる彼の話は、私にはとても興味深かった。

私がキューバに行き、実際に肌で感じたこの都市の状況で、日本の作家の写真展をしてくれたことは奇跡に近いことのように思える。
物が自由に手に入らず、社会の仕組みも情勢も日本とはまるで違う中で、このうだるような暑さだ。

日本写真協会の武田純子さんは、キューバでこの展覧会を実現させたいという強い思いがあった。
カーサ デ アジアのディレクター、テレシータ・エルナンデスさんが、それを快く受け入れて下さる。
在キューバ日本大使館の伊藤ヒカルさんが、実際の業務を一手に引き受けて下さった。
この展覧会の開催は、個人の情熱の賜物だと思う。

武田純子さん、テレシータ・エルナンデスさん、伊藤ヒカルさん、そしてそれぞれの関係者の皆さんには、心から感謝します。

◆ハバナでの日々
私のハバナでの時間は、一種大きなうねりの中に居るような感覚であった。
キューバ社会という大きな波に取りこまれ、私はまだその余韻から醒めていない。
それは私がこれまで体験したことのないような類のものだ。

私の叔母が朝日新聞の連載記事「キューバをたどって」(全10回)の切り抜きをまとめたものを、送ってきてくれた。
それによって、キューバについて様々な側面からの情報を得ることができた。

キューバは現在、間違いなく、激動の最中にある社会だ。

私はそれらを受け止め、解釈する準備がまだできていない。
撮影した写真を通して、少しずつ自分にとっての「ハバナ」もしくは「キューバ」をこのブログで展開していけたら・・・と思っている。


*写真組合-社会主義国のキューバでは、写真家が写真を販売する場合、写真組合という形をとらないと、販売許可が下りないとのこと。

*フィデル・カストロ(1926-2016)-前国家評議会議長。
 フィデル・アレハンドロ・カストロ・ルスは、キューバの政治家、革命家、軍人、弁護士。社会主義者で、1959年のキューバ革命でアメリカ合衆国の事実上の傀儡政権であったフルヘンシオ・バティスタ政権を武力で倒し、キューバを社会主義国家に変えた。 (wikipediaより引用)


カーサ デ アジアで働くフレグラさん
















2017/09/06

中米への旅- ハバナ 27,August -

<ハバナ 27,August 2017>

今朝はハバナで最後の朝、
いつものように、Yoandra(ヨアンドラ)が朝食を用意してくれる。
私がメキシコで買ってきたコーピー豆を使って淹れてくれた珈琲に始まり生フルーツジュース、8,9種類は並ぶ南国のフルーツ、サラダ、目玉焼き、ハム、チーズに乾パン。
加工食品はお世辞にも美味しいとは言えないのだけれど、
フルーツはとにかく種類が豊富でお皿からはみ出すように並んでいる。
マンゴー、パパイヤ、スイカ、バナナなどと一緒にGuayaba,Mamey,Anonといった初めて見るフルーツもある。
それら3つはカリブ諸島原産のものとのことで、いずれも不思議な食感だ。

特にGuayaba(グワイヤワ)はマンゴーやパパイヤのような甘く軟らかい口当たりの良いフルーツとは違い、細かい粒々の種が口の中に残る。
種は吐き出すほど大きくなく、かと言ってかみ切れるほど軟らかくはないので、呑みこむまでの間、どうしようかと口の中に暫く粒々を含んでいなくてはいけない。
そしてこのGuayabaの味と粒々の食感が、ハバナにいた時間とどういう訳かシンクロして、私の脳に張り付いてしまったようだ。

甘さと、酸っぱさと、口の中に残るごわごわした違和感、それが私が感じたキューバかもしれない、と思っている。




2017/08/30

中米への旅 -ハバナ 26,August-

<ハバナ 26,August>

今日でハバナでの撮影が最終日だと思うと少し寂しい気もするし(撮影は)もう充分だろう・・・という両方の気持ちになる。

そして、こんなに人を撮りたいと思わせてくれる都市は、もうこの先現れないのではないか・・・?という思いが頭を過った。

初日ハバナに降り立った日、ここはユートピアだと思ったが、やがてその考えは塗り替えられていく。
(私を含め)外国人と、ハバナ市民の経済格差、2種類ある通貨、食料や物不足による市民の貧しさと、その一方では、自由な経済活動の緩和により、急激に富を増やしていく一部のキューバ人もいる。
10日間という短い期間でも、そんな現実を感じない日はなかった。

しかし撮影最終日の今日、やはりキューバは一種のユートピア(理想郷、理想都市)だと思う。

私がそう考える理由は幾つかあるのだが、後日またゆっくり書きたいと思う。

※このブログ(中米への旅)の写真は、スマートフォンで撮ったもので、文章の内容と写真は関係がありません。
 (スマートフォンでの撮影は宿の近辺で軽く撮ったものが殆どです)
実際に撮影で使用
しているのは下記の機材です。
(MamiyaRZ6×7、65mm/90mm、kodak Trix 400)





中米への旅 -ハバナ 25,August-

<ハバナ 25,August>

今朝は海岸通をひたすら西へ。
海岸沿いは、ポツポツある高い建物やモニュメントが見渡せ、これまで見なかった風景で、とても新鮮だ。
旧アメリカ大使館で引き返し、新市街を通りぬけ、高低差のあるスタジアム周辺(サッカーグラウンド)をぐるっと迂回して旧市街の方へ戻ってくる。


新市街の瀟洒なお屋敷通りは街路樹が両脇に青々と茂り、雰囲気は良く、やや緩い坂道になっている。

ユネスコの世界遺産に登録されている旧市街とは、また異なる趣の街を見ることが出来て、今日はとても楽しかった。









中米への旅 -ハバナ 24,August-

<ハバナ 24,August>

今朝はNeptuno通りを西へ。
ハバナ大学まで行ってみるが夏休みなのだろうか、閑散としている。

今日はゆっくり、じっくり街を眺めるように努める。
そのためか、これまでのように熱病にかかったように撮ることはなくなったが、人々に魅力を感じることに変わりなし。
少しづつ風景にも目が行くようになる。
paleな空とpaleな土壁・・・そこは階段を上がり切ったところで、家々が何とも言えず絵になる、そんな場所と出会った。








中米への旅 -ハバナ 23,August-

<ハバナ 23,August>

今朝はいつものようにギラギラとした光が窓から入ってこないな、と思っていたら今日はハバナには珍しく曇りだった。

今日は旧市街ではなく、少し西のVedado(ベダード)地区の方へ歩いて行ってみる。
人々の、やや力の抜けた表情や身なりに何だか私は好感を覚え、またそこに、よそ行きではない人々の素の姿を見出した。









中米への旅 -ハバナ 22,August-

<ハバナ 22,August>

今日もひたすら南下して撮り歩く。

途中、撮影に集中する余り、意識が狭まり気が付いたらフィルム10枚を撮り終えているということが暫し・・・。(私のカメラはフィルムは10枚で終わります)

その昔、荒木経惟さんが、新宿歌舞伎町は1メートル歩く度にシャッターが押せると書いていたが
私にとってのハバナの街はそれと同じような感覚がある。
どんどんと人が現れては通り過ぎ、その人々も老若男女入交り、実に多様で味わい深いのだ。
そしてハバナの都市という劇場空間が、歩いても歩いても絵になる仕掛けを永遠に演出してくれているようだ。








中米への旅 -ハバナ 21,August-

<ハバナ 21,August>


照りつける強烈な日差しで最初は熱中症のような症状になったが、だんだんハバナの暑さにも身体が慣れてきたみたいだ。

今朝は旧市街の北の端から南の端まで歩いた。その距離は2キロあまりで、写真を撮らずに普通の速度だと僅か3,40分だと思う。

旧市街の南沿いは、港になっていた。貨物の線路やバスターミナルなど、小さいながらも、ハバナという都市の動脈部を見た。





中米への旅 -ハバナ 20,August-

<ハバナ 20,August>

今朝は宿のあるAguila(アギラ)通りを南下する。
中華門を過ぎて、もっとずっと南の方へフラフラと(撮影)する。
スーパーを始め雑貨店や果物や野菜を売るような市場があり、この辺りは人が多く出ていて活気がある。

子供たちが大勢で思いっきり路地で遊んでいて、それを近所の大人たちが、思い思いの態勢で見守っている。
街行く若い娘さん(セニョリータ)からは、内側から滲み出る「生きる力」のような、強くはっきりとしたオーラのようなものを感じる。

若い人が生き生きとしている都市は素晴らしいと思う。











中米への旅 -ハバナ 19,August-

<ハバナ 19,August>

今日からハバナで写真を撮る。

朝食後、宿から海まで行ってみる。
徒歩で約10分、海まで行く間の路地に人々がたむろす様子があまりにも良すぎて、ブローニフィルム10本(100枚)は
すぐに撮り終えてしまう。
(数に限りがあるので)少しセーブしなくては
マズイ・・・と思った。









中米への旅 -ハバナ 18,August-

<ハバナ 18,August>

今回の私の旅の大きな目的の一つ、キューバの首都、ハバナのカーサ デ  アジア(アジアの館)での「ENTRE FRONTERAS」の展示が始まる。
日本写真協会賞・新人賞受賞作品の世界巡回展は、初めて
ハバナでの*展示が実現した。



 

*企画、主催:日本写真協会・カーサ デ アジア
 後援:在キューバ日本大使館
この展示は、2013-2015までの3年間の日本写真協会賞・新人賞受賞作家(各年2名・計6名)の作品を世界の都市で巡回する企画である。

日本の写真を通して写真文化の理解と発展を目的としており、特に日本の写真の認知度がそれ程高くない国や都市で行っている。
現在モスクワの、ロシア国立東洋美術館でも同じ展示が行われている。


今日はカーサ デ アジアで「ENTER FRONTERAS」の開会式があった。
カーサ デ アジアの館長で、今回の展示のディレクターであるテレシータ・エルナンデスさんと、在キューバ日本大使館の伊藤ヒカルさんの挨拶があり、それぞれスペイン語、日本語に通訳される。

開会式には、ハバナの写真家や写真が好きな方はもちろん、日本に興味のあるハバナ市民の皆さんが60名も来てくださった。
私はキューバ国営テレビ局のインタビューを受けたり、ハバナの写真家や地元の方々とお話しでき(スペイン語の通訳は日本大使館の方が引き受けて下さる)心に刻まれる忘れられない時間となった。

◆展示作品について

西野壮平さんのジオラマの作品(チラシ右上)は、ハバナと東京の2作品で、これは誰が見てもとても楽しい。
また、清水哲朗さん(チラシ左上)と石川竜一さん(チラシ右下)の作品は、個人的な思いを写真にこめているにも関わらず普遍的で、キューバの人々の心に直に訴えてくるように(私には)思え、ここでも私は写真の持つ力を改めて感じたのであった。

特に石川竜一さんの作品は沖縄を舞台にしているからだろうか・・・沖縄とハバナの風土の共通点も手伝ってか、この地にすっかり溶け込んでいるように思える。

斎藤陽道さん(チラシ中央右)と中井靖也さん(チラシ中央左)の作品は、ふたりの作品の質は全く異なるのだが、共通して日本独特の要素が際立っていた。
斎藤さんの写真は、日本を包む虚無感というベールや、今の時代の空気感を表していると私には思え、それは、キューバの社会とは一線を画している。
中井靖也さんの撮る「鉄道写真」というジャンルは日本固有のもので、鉄道が発達していないキューバでは、たいへん珍しい、異国情緒のある写真になっている。
日本で見ると何も気にならなかった視点が、キューバで展示を観ることでこのように浮き上がってくる事実は、とても面白いと思った。
(モスクワではまた違った見え方がするのだろう)

私の作品(世界の10都市の比較都市論としての作品)は、
ハバナ市民の方々の頭にすんなりと入ってくれたようだ。
日本ではコンセプチュアルで複雑な作品のように捉えられることが多いが、実は至ってシンプルなメッセージの作品である。
それがキューバの人に伝わったことは嬉しかった。

同じ写真でも、環境によってその見え方が変わること、
キューバと日本での写真の見え方の違い・・・これはとても不思議なことだ。

そう、写真とは生きものである。


テレシータ・エルナンデスさんと伊藤ヒカルさん